
(写真:建仁寺法堂天井図 小泉淳作 筆「双龍図」)
よく、建仁寺に来てしまいますね。
友達が来ても、よくここを案内します。
"The only ones who should kill are those who are prepared to be killed!"(打っていいのは、打たれる覚悟のある奴だけだ。)
ルルーシュ・ランペルージ さん(コードギアス)
「僕はね、千秋君。やる気のない生徒にやる気を出させるほどやる気のある教師じゃないんだよ。でも生徒は大事なお客様だから生徒の夢を叶える為の努力や協力はしてやりたい。」
谷岡 肇 さん(のだめカンタービレ)
「パンドラの箱を開けたことを誰も知らなければ、約束を破った事にはならんよ。」
公安九課長 荒巻大輔 さん(攻殻機動隊)
「しょせん人間なんて、自分が一番、自分に甘い生き物だろう? その自分ですらさあ、好きになれないような人間を、 他人に好きになってもらうなんての、 ものすげー厚かましくないか?」
「人が泣くのには二つあるんだな、って。 自分がかわいそうで泣くのと、ただもう悲しいのと。 自分がかわいそうで泣く涙はさ、子供の涙だよな。」
孤児 清秀 さん(十二国記)
「なまじ言葉が通じれば、分かり合えないとき、いっそう虚しい。必要なのは相手の意を汲む努力をすること、こうだと決めてかからずに、相手を受け入れてあげることなのです」
「生きるということは、嬉しいこと半分、辛いこと半分のものなのですよ」
「正す、ということは、そういうことではないのかしら。そちらじゃない、こちらだと言ってあげて初めて、正すことになるのじゃない?」
「貴女に恥ずべきこと――後悔すべきことがあるとすればただひとつ、それは確信を疑わなかった、ということです」
采王 黄姑 さん(十二国記)
「人と人の間には、立ってる場所の距離の分しか隔たりはねぇんだ」
大学生 楽俊 さん(十二国記)
「人間って、不幸の競争をしてしまうわね。 本当は死んでしまった人が一番可哀相なのに、 誰かを哀れむと負けたような気がしてしまうの。 自分が一番可哀相だって思うのは、 自分が一番幸せだって思うことと同じくらい気持ちいいことなのかもしれない。自分を哀れんで、他人を怨んで、本当に一番やらなきゃいけないことから逃げてしまう」
元 芳国公主 祥慶 さん(十二国記)
「礼と言えば聞こえはいいが、人の間に序列あることが好きではない。人に対峙したとき、相手の顔が見えないことが嫌だ。国の礼節、見た目は分かるが、人から叩頭されることも、叩頭する人を見るのも不快だ。他者に頭を下げさせて、それで己の地位を確認しなければ安心できない者のことなど、私は知らない。そんな者の矜持など知ったことではない。──それよりも、人に頭を下げるたび、壊れていくもののほうが問題だと、私は思う。人はね、真実、相手に感謝し、心から尊敬の念を感じたときには、自然に頭が下がるものだ。礼とは心の中にあるものを表すためのもので、形によって心を量るためのものではないだろう。礼の名のもとに他者に礼拝を押しつけることは、他者の頭の上に足を載せて、地になすりつける行為のように感じる。無礼を奨励しようというわけではない。他者に対しては礼をもって接する。そんなものは当たり前のことだし、するもしないも本人の品性の問題で、それ以上のことではないだろうと言っているんだ……地位でもって礼を強要し、他者を踏みにじることに慣れた者の末路は、見るまでもなく明らかだろう。そしてまた、踏みにじられることを受け入れた人々が辿る道も明らかなように思われる。人は誰の奴隷でもない。そんなことのために生まれるのじゃない。他者に虐げられても屈することない心、災厄に襲われても挫けることのない心、不正があれば糺すことを恐れず、豺虎に媚びず、──私は、そんな不羈の民になってほしい。己という領土を治める唯一無二の君主に。そのためにまず、他者の前で毅然と首を上げることから始めてほしい。」
景王 陽子 さん(十二国記)
「人間も動物も自然の産物を利用する点で共通している。ところが、人間は動物とは異なり、仕事を始める前にその目的を知り、その結果を予測することができる」