
火はあたたかいものだけど、強すぎてはいけない。
寒空の下を歩き、煖炉の火にあたっていると、これほどまでに心が落ち着く。けれど、その火が強すぎてしまえば、心を落ち着けるどころか、恐怖さえ覚える。
きっと、人も同じようなものだと思うんだ。
誰かを守りたいと思うからこそ、引く身も心もあるということを―
「歳を重ねるということは、いろんなことを諦めることだ」と誰かが言っていたな。容姿を諦める。体力を諦める。記憶を諦める。すごく悲観的に聞こえるかもしれないけれど、僕はそうは思っていない。なぜなら、「諦める」という言葉は、もともと「明らめる」という意味で使われていたそうだ。ものごとを明らかにし、けじめをつける。今の時代に、真実を見極め明らかにする「諦める」があってもいいんじゃないか。己をしっかりと見定めて結論を出した諦めという「けじめ」なら、だれも文句は言わないんじゃないかな。
「諦めるのは難しい、でも、諦めないと前には進めないんだ」











